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WHAT'S WYOGA
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ESSAY
SATSANG
SESSION
ダブルヨガとは ダブルヨガ的思想 渡邊ソウイチロウは何者 随想 現代の禅問答 一座を共にする
 
WYOGA MASSAGE DOJO
Dissolve the Ego. Behold the Harmony.
「自分を溶かし、調和を観る」
— 創始者 渡邊ソウイチロウ 私塾 —
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【SESSION】
 
■WYOGA DOJO 【What's WYOGA】ダブルヨガとは▶Session 一座を共にする
 
 
 
 
 
【SESSION】
一座を共にする
 
 
■動的瞑想のススメ
「こだわり」を減らすことは、自分を縛る鎖を解き、あらゆる変化を受け入れる「真の強さ」を手に入れることです。しかし、自分のこだわり(執着)に気づくのは容易ではありません。自分を高い場所から俯瞰して眺める「客観的な視点」が必要だからです。一般的に、それは「座る瞑想」が良いとされています。けれど、雑音の多い現代を生きる私たちにとって、じっと座って心を無にすることは、時に苦痛でさえあります。私自身もそうでした。静止するほどに思考は暴れ出し、座ること自体が新たな「こだわり」になってしまう・・・。私が行き着いた答えは、動的瞑想(Dynamic Meditation)でした。身体を動かし、呼吸を回し、パートナーとエネルギーを交換しているとき。思考は「今、この瞬間」の感覚に追い越され、余計なこだわりが剥がれ落ちていきます。動いている時こそ、心はニュートラルになれるものです。自分一人では気づけない心の強張りを、パートナーを通して鏡のように教えてくれるのが、ダブルヨガマッサージです。動くことで思考を介在させず、自分を客観視することができます。止まっている時よりも、動いている時の方が、心は澄み渡り、ニュートラルな自分へと戻っていけます。受けるのもいいですし、やってみるのもいいと思います。ダブルヨガは、二人で創り出す動的瞑想です。
 
 

■セッションの内容

一座を共にするセッションの内容は、対話(CONSULTATION)、精神と肉体の調律(TUNING)、あるいは技の伝承(KEIKO)など、その瞬間の調和(タオ)によって決まります。

 
【SESSION 一座(いちざ)】
3時間 / 99,000円
私が行うのは、ただ一人の人間として、無心にあなたと向き合うこと。
それは身体の調律(TUNING)であり、魂の稽古(KEIKO)でもあります。
この3時間をどう味わうかは、あなた次第です。
言葉を交わすのか、沈黙の中で手を浴びるのか、技を盗むのか。
決まった形(プログラム)はありません。
 
【SESSION 五座(ござ)】

全15時間(3時間×5回) / 495,000円
一度の出逢いを超えて、自らの人生をデザインする「芯」を育てたい方のための、継続的な修行です。技の伝承(KEIKO)を希望される方はこちらをご選択ください。ただし、未経験者お断りとさせていただきます。ここは、マニュアルをなぞる場所ではないからです。そして、単に技術を学びたい人のための場所でもありません。ダブルヨガの哲学に共鳴し、「人としてのあり方」を根本から変革したいと願う方だけを、極めて少人数の「私塾」形式で受け入れます。TMA公認スクールで培った基礎と、数多の臨床という「土壌」があって初めて、私の提唱する「ダブルヨガ(Double Yoga)」という大輪の花は開花します。これは、単なるスキルの追加ではありません。それは、あなたがこれまで積み上げてきた技術を一度解体し、「タオ(道)」として再構築する、身体知の革命です。だからこそ、私はこの門戸を「TTMAの正統な学びを修めたプロフェッショナル」にのみ限定しています。「わかってくれる人、共感してくれる人」とだけ、私はこの深い海を歩みたいと考えています。AIが決して到達できない「人間という深淵」を表現する探求心を持って臨んでください。
対象: TTMA公認スクールで基礎を修め、さらなる高み(プロのその先)を目指す方。
本質: 伝統医学理論と、私が再構築したエネルギーワークの完全伝承。
目的: 未来においても「伝説」として語り継がれる、揺るぎない身体知と精神性の獲得。

 
 
 
 
【Q&A】
 
 
Q. ヨガレッスンを受けたことがないのですが、WYOGAはヨガとは違うのですか?
A.巷にある「ポーズを競うヨガ」を想像されているなら、WYOGAは全く別のものです。私自身、いわゆるヨガのレッスンを受けたことはありません。体を曲げる「形」を競うことに、私の魂は興味を持たなかったからです。私が実践するWYOGA(ダブルヨガ)とは、分断された「頭・心・体」を、呼吸という一本の糸で結び直し、さらに自分と相手の境界線を溶かして、大きな生命の循環(タオ)へと還る儀式です。体が柔らかくなることよりも、心が柔らかくなることを。技術を誇ることよりも、黒子(くろご)として消えることを。誰かに教わったポーズをなぞるのではなく、今、この瞬間に震える自らの「生命の響き」を信じる。理屈を捨て、自分を放ったその先に、本物の「結びつき(ヨガ)」が待っています。自分という固い殻(エゴ)を脱ぎ捨て、相手の呼吸、ひいては宇宙の大きなリズム(タオ)と同調すること。頭で理屈をこねるのをやめ、心という波を静め、魂の震えをダイレクトに感じる。二人の命が重なり合い、自分という境界線が消えたとき、そこに立ち現れる静寂。それこそが、私が考える本当のヨガです。
 
 
Q. AIやロボットが進化する時代、単に癒やしを提供するだけのリラクゼーションマッサージは衰退していくと思いますか?

A.はい、間違いなく衰退し、淘汰されていくでしょう。もし、マッサージを「筋肉の凝りをほぐす作業」や「一定のリズムで皮膚を刺激するサービス」と定義するならば、AIや精密なロボットの方が、疲れを知らず、正確に、そして安価にその「作業」を完結できるからです。しかし、そこで絶望する必要はありません。むしろ、そこからが「人間による真の癒やし」の始まりです。AIには決して真似できないことが三つあります。

一つは、「不自然な違和感」を察知する直感です。データには現れない、その人の魂が発している微かな「悲鳴」や「滞り」を、自らの血脈(ルーツ)を動員して感じ取ること。これは生命体にしかできない「共鳴」です。

二つ目は、「共に在る(SESSION)」という覚悟です。AIは計算をしますが、祈ることはできません。「自分の命をあげるから、幸せでありますように」と願い、自他の境界を溶かして向き合う。その圧倒的な「熱量」と「無私の愛」に触れたとき、人の心身は初めて根底から再生(リセット)されます。

そして三つ目は、「無為(むい)」の揺らぎです。AIは常に「正解」を出そうとしますが、人間は「揺らぎ」の中にいます。計算されたリズムではない、その時、その瞬間の呼吸に合わせた「ゆらぎ」こそが、人の深い層(魂)を揺さぶるのです。

「作業」はAIに譲ればいい。私たちは「道(タオ)」を歩めばいい。形だけのマッサージが消えゆく時代だからこそ、自分を放ち、黒子に徹し、命を分かち合う「丹識者」の存在は、かつてないほど希少で尊いものになります。あなたが求めているのは、マニュアル化された「正解の刺激」ですか?それとも、理屈を超えた「生命の響き」ですか?その答えが、これからの時代のあなたの「生き方」を決めるのだと思います。

 
 
Q. ダブルヨガ(WYOGA)は、特定の宗教や新興宗教と関係がありますか?

いいえ、全く関係ありません。ダブルヨガは、特定の神を崇めたり、教義を盲信させたりする「宗教」ではなく、自らの力で人生をデザインするための「実践哲学(道:タオ)」です。宗教と、私たちが歩む「道」には、決定的な違いが二つあります。

一つは、「依存」か「自律」かです。多くの新興宗教は、教祖や教義に答えを求め、依存させることで安心感を与えようとします。しかし、私の道場では「答えはあなたの中にある」と説きます。「客のつもりで来るな」「死んだつもりで座れ」と厳しく問いかけるのは、あなたを何物にも縛られない「自由な個」へと解き放つためです。

二つ目は、「独占」か「循環」かです。特定の組織に属さなければ救われないという排他的な考えは、私の思想とは無縁です。私は神仏に祈りを捧げますが、それは特定の宗教団体のためではなく、全生命が「みんなみんな、幸せでありますように」という大きな循環(ワンネス)に還るためです。

「私はあなたの神ではなく、あなたの『野生』を呼び覚ますための伴走者です。」私のルーツには渡邊の綱から続く「血脈」があり、指先にはタイの伝統医学と東洋の知恵が宿っています。しかし、それらはあなたを支配するための道具ではなく、あなたが自分自身の「根」に立ち返り、この激動の時代を軽やかに生き抜くための「智慧」として開放しているものです。もし、あなたが「誰かに救ってもらいたい」と願うなら、ここは不向きな場所です。しかし、あなたが「自分の足で立ち、自分の人生をアートとして演じ切りたい」と願うなら、ここは最も誠実な研鑽の場となるでしょう。

 
 
Q. WYOGA(ダブルヨガ)の施術は、流れるようでとにかく美しいです。このように「形」を徹底して整えることで、心も自然と整っていくものなのでしょうか?

A. その通りです。WYOGAにおいて、「形(肉体)」と「精神(心)」は、決して切り離すことのできない一枚のコインの表と裏です。多くの人は「心が整えば、形(行動)も良くなる」と考えがちですが、それは半分しか正解ではありません。逆もまた真なり、なのです。

背筋を伸ばし、指先の角度を定め、無駄のない所作で動く。この「徹底した形の洗練」は、自分自身の内側にある雑念(エゴ)を削ぎ落とす作業に他なりません。美しい所作を維持しようとするとき、心は必然的に「今、ここ」の静寂に引き戻されます。「形を整える」という規律(儒教的な美)が、あなたの心を「無為自然(道教的な自由)」へと導く入り口になるのです。

WYOGAの施術が美しく見えるのは、そこに「作為(無理な力)」がないからです。自分を放ち、相手と波紋を重ね合わせ、エネルギーが淀みなく循環しているとき、身体は自然と最も合理的で美しい軌道を描きます。つまり、「形の美しさ」とは、あなたの「精神の調和(タオ)」が外側に溢れ出した結果なのです。

「中身が入っていない空箱」が虚しいように、心が伴わない形は死んでいます。しかし、器(形)が壊れていれば、どれほど高潔な心(中身)も盛り付けることはできません。一座(セッション)において、私は指先の一ミリ、呼吸の一拍にまで「美」を求めます。それは、形と精神を同時に磨き上げることこそが、一人の人間を「完成されたアート作品」へと昇華させる唯一の道だと知っているからです。「美しい所作をまとうことは、美しい魂を育てることと同義である。」と考えています。形を侮らず、心に溺れず。この両輪を同時に回し続ける「丹識(たんしき)」の稽古を通じて、あなたも自分自身の人生を、凛とした美しさでデザインしていくことができるはずです。

 
 
Q. TTMAを主催する渡邊氏の「究極のカタチ」が、このダブルヨガなのですね。マッサージのことは詳しくないのですが、一度セッションを受けて体感してみることはできますか?

A.もちろんです。門はいつでも開かれています。しかし、正直に申し上げましょう。もしあなたが「マッサージの技術」や「手順」だけを見ようとしているのなら、私の一座(セッション)を受けても、その真の価値は分からないかもしれません。マッサージの経験が浅い方や、知識だけで理解しようとする方は、どうしても私の手の「動き」や「やり方」ばかりを目で追ってしまいます。しかし、私が一座を通じて伝えたいのは、そのような表面的な「作業」ではありません。

自己を放ち、空(くう)になる感覚。自他の境界が溶け、一つの波紋になる一体感。血脈(DNA)が呼び覚まされる、生命の震え。これらは、多くの身体に触れ、技術の限界を知り、壁にぶつかってきた「上級者」ほど、その凄みが骨身に染みて理解できるものです。いわば、最高級の銘茶の味が、喉を通り過ぎたあとの「静寂」で決まるようなものです。「分からない」ことを楽しむ、豊かな感性を持って来てください。もしあなたがマッサージを知らなくても、頭(思考)を休ませ、ただの「生命」として私の前に座る覚悟があるのなら、言葉を超えた何かを持ち帰ることができるでしょう。技術を学ぶ前に、まず「魂が結ばれる」という体験を浴びてみたい。その純粋な渇きがあるのなら、私は喜んで、あなたと一座を共にします。

 
 
Q. 私は、セラピストとしてスキルを増やして学びたいと考えています。シヴァカ伝統医学学校とダブルヨガ道場、どちらを選べばいいですか? 両者の違いを教えてください。

A. 結論から言えば、この二つは「手に職を付ける場」と「人生の軸を磨く場」という明確な役割の違いがあります。シヴァカ伝統医学学校は、マッサージを職業とし、自らの手で糧を得ていくための独立開業向けスクールです。激動の時代、まずは自分の足で立ち、社会の中で価値を提供できる確かな技術(マッサージの基礎から上級レベルまでを習得していただきます。まずはシヴァカ伝統医学学校で学び、セラピストとして自立できるスキルを身に着けてください。

ダブルヨガマッサージ道場 は、「精神の自由」を掴む為の場所です。ここでは技術の優劣を競うのではなく、「無我・自利利他・ワンネス」といった、より深い精神修養に重きを置いています。あなたが職業としてのセラピストの枠を超えて、一人の自由な人間として人生をデザインするための場所です。

順番を間違えてはいけません。地面に根を張らずに、空を飛ぼうとしても墜落するだけです。生活の基盤が整っていない状態で、精神の自由や道教的な無為を求めても、それは単なる現実逃避になってしまうからです。あなたが未経験であるなら、まずはシヴァカ伝統医学学校で自立したプロとしての土台を作ってください。その上で、言葉を超えた一体感や、命の響き合いを渇望するようになった時、私はこのダブルヨガ道場の火を灯して、あなたの来訪を待っています。もしもあなたが経験者であるなら、一度、セッションをお受けください。その時に相談して決めるのはいかがでしょうか?

 
 
 
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極楽寺と忍性菩薩について
極楽寺は、鎌倉時代中期の1259年に北条重時によって創建され、その開山として迎えられたのが忍性菩薩です。忍性は、当時の仏教者が瞑想や学問に耽る中で、一貫して「弱者救済」にその生涯を捧げました。彼は「医王如来(薬師如来)」の再来とまで崇められ、極楽寺の境内には施薬院、悲田院(貧困者のための施設)、療病院といった救済施設を設置しました。平等の精神を持っていたことも知られています。忍性の慈悲は人間だけでなく、病気になった馬のための「馬病舎」を設けるなど、生きとし生けるもの全てに向けられていました。
 
 
■ この場所を訪ねてください。

私が一座を設けているこの場所は、かつて忍性菩薩がその慈悲の心をもって多くの人々を救い、社会を支えた極楽寺の境内敷地です。忍性菩薩は、ただ教えを説くのではなく、自ら汗を流し、道を作り、橋を架け、病に苦しむ人々に手を差し伸べる『ボランティアの先駆者』でした。彼が掲げた『困っている人のために自ら動く』という揺るぎない利他の精神は、時代を超えて今の私たちの心に響きます。この由緒正しき地で一座を設けるにあたり、私は忍性菩薩が大切にされた『分かち合い』と『献身』の心を大切にしたいと考えています。私のプランは、単なる集まりではなく、この地に流れる慈悲のエネルギーを受け継ぎ、現代における救済や支え合いの形を皆さまと共に模索し、実践していく第一歩です。忍性菩薩がかつてこの地で人々の生活を明るく照らしたように、この一座が皆さまの心に温かな光を灯す場となることを願っております。

 
 
 
【ACCESS アクセス】
 
【Kamakura Kanagawa Japan】
 
■所在地
〒248-0023 神奈川県鎌倉市極楽寺3-13-25
特定非営利活動法人 日本トラディショナルタイマッサージ協会(TTMA総本部)内
ダブルヨガマッサージ道場
 
 
◇電車利用の場合
(例1)JR「新宿駅」より全所要時間約1時間15分のルート
JR「新宿駅」より湘南新宿ライン逗子行きJR「鎌倉駅」下車。(所要時間約58分)
乗り換え1回
江ノ島電鉄線「鎌倉駅」より「極楽寺駅」下車(所要時間約7分)
「極楽寺駅」より徒歩5分で「TTMA」に到着。
(例2)小田急線「新宿駅」より全所要時間約1時間30分のルート
小田急線「新宿駅」より小田急小田原線快速急行「藤沢駅」(所要時間約57分)
乗り換え1回
江ノ島電鉄線「藤沢駅」より「極楽寺駅」下車(所要時間約26分)
「極楽寺駅」より徒歩5分で「TTMA」に到着。
※グーグルマップで検索すると「稲村ケ崎」方面からの道順が案内されてしまいます。森を通り抜けるのは初めての方にはまず無理ですから、「極楽寺」方面からのほうが無難です。「鎌倉市極楽寺3-13-22」を検索してから路地をお入りください。
 
 
■マイカー利用の場合
(例1)藤沢・江の島方面より
国道134号線を東に向かい「稲村ケ崎駅入口」を左折。
その後直進。 踏切を2つ越えたら、床屋さんの角を左折。
また踏切を渡ると、左側。「TTMA」に到着。(例2)鎌倉・逗子方面より
国道134号線を西に向かい「稲村ケ崎駅入口」を左折。
その後直進。 踏切を2つ越えたら、床屋さんの角を左折。
また踏切を渡ると、左側。「TTMA」に到着。
※駐車場はございません。極楽寺駅前のコインパーキング、または稲村ケ崎駅前のコインパーキングをご利用ください。
※グーグルマップで検索すると「稲村ケ崎」方面からの道順が案内されてしまいます。森を通り抜けるのは初めての方にはまず無理ですから、「極楽寺」方面からのほうが無難です。「鎌倉市極楽寺3-13-22」を検索してから路地をお入りください。
 
 
 
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